しばらく歩いた後、どこかの家の前で立ち止まりそこで下ろされる。ずり落ちそうだった帽子を胸に抱えながら、テスタメントは促されるまま家へ入った。
「骨董品ばかりだな」
その呟き通り壁には所狭しとギターが架けられ、机の上にも修理中のギターがある。あまりこの手の知識はないが、丹念に手入れされた様子から持ち主の愛情は窺えた。
そうだな、と返された帽子を受け取るとジョニーはテスタメントへ向き直った。
「で、それは何の罰ゲームだ?」
「う」
あながち間違っていない。が、流石に事情を説明する事は憚られた。
「色々……事情があって」
「事情ねえ。しかしまあ……大きくなったと言うべきか小さくなったと言うべきか」
「どこを見ている……」
サングラスの向こうで視線が頭と胸を行ったり来たりしているのに気づき、『彼女』はふいと横を向く。
「身長と体重で俺に負けちまったら、後は年齢くらいしか勝てるもんがないなあ」
ソファに座らせたテスタメントの頭をくしゃくしゃ撫でると、涙目で頬を張られた。
「うるさいっ! 大体何故お前がこんな所にいる、船はどうした!」
「船ならメイ達に任せてある。ああ見えて結構優秀だからな、ウチのクルーは」
「だから何故……」
息抜きだよ、とジョニーは答えて傍らのギターを爪弾く。
戦災孤児がそのほとんどを占めるジェリーフィッシュ快賊団において、その頭領であるジョニーはいついかなる時も理想の父親であり、兄であり恋人であり何よりリーダーでなくてはならない。
「空の上で美女に囲まれての生活も悪くはないが、たまには地上の空気も吸いたくなる」
ほんの少し疲れた微笑を浮かべる男の頭を、テスタメントは先ほどの仕返しとばかりにくしゃくしゃ撫でた。
「お前人がせっかくセットした頭を……」
「後で梳いてやる」
「年上面して、この」
そうは言いながらも『彼女』の手が届きやすいようにジョニーは頭を下げた。目の前で挑発的に揺れる白く豊かな乳房が目に入り、意識しないように目を閉じれば街で見かけた時の恍惚とした顔が浮かんでくる。
ギアの特殊体質か何か知らないが、船の上で禁欲的な生活を送っていた彼にはあまりに刺激的な代物だった。
「……いい加減にしないと調子に乗るぞ」
「では乗れ。構わん、これ以上借りが増えてたまるか」
そういえばさっきの礼も言っていなかったとテスタメントが口を開きかけた途端、『彼女』の体はソファに押し倒されていた。
「……んんっ……」
歯列を割って入り込んだ熱くぬめつくものがジョニーの舌だと気づいた頃には、テスタメントの体は完全にのしかかられ動けなくなっていた。男の重みで乳房は形を変え、開かされた脚の間に膝が割り込んでいる。
渡りに船と言うべきなのか。飢えていたサキュバスを満たすのにうってつけの『餌食』である。
――そんな考えがあるか。
唇が離れたと同時に首を振って否定する。仮にも自身が信頼し、そして今また自分を信頼し弱みを見せた相手に何という事を考えるのか。
だがサキュバスの限界も近い。先ほどから頭の中で何度呼びかけても返事がない。
そして彼の腕の中にいる心地好さを、体は本能的に知っていた。
「嫌なのか……?」
サングラスを外したお陰で、赤い目が困惑の色をなしているのがよりはっきりと分かる。元々女性的な要素を持っていて、今女の体になっているとは言ってもやはり中身は男なのだ。男に抱かれるのには抵抗があるだろう。
「悪い、調子に乗りすぎたな」
乾いた笑いを漏らしながらジョニーが身を離した。摺り上げたチューブトップを戻して髪を撫でると、その手を掴まれる。
「構わんと言ったはずだ」
赤い舌がちろちろと指先を這う。時折軽く噛んでは吸い上げ、つつき、敏感な部分を探っていく。
目は閉じていたものの頬が朱に染まっている。
元々こういった事に積極的な方でないし、ましてや誘った事など一度もない。何でこんな主に仕えてしまったのかと淫魔にぼやかれてしまうほどに、彼は臆病だった。
だから、行動で示す事しか思いつかなかった。
「おい……」
不覚にも欲望で声が擦れるのをジョニーは感じる。熱っぽく男の指を吸い上げる仕草が、表情があまりに煽情的で思わず別の事を連想させられた。
「本当に調子に乗るからな」
唇から濡れた指を引き抜くと名残惜しげに舌先が後を追う。再び摺り上げたチューブトップから解放された膨らみが薄紅色に染まっていた。
いや、胸だけでない。見えるところ全ての肌を薄紅色に染め、熱っぽく潤んだ赤い目がこちらを見上げ、テスタメントが全身で誘っている。
「来るがいい……」
挑むような誘うような目が、ジョニーの目を射抜いた。
「ん…っ」
唾液に濡れた指で剥き出しになった乳首を擦ると、テスタメントが小さく身じろいだ。もう片方の乳房に吸いつくと切なげな吐息が零れる。
『彼女』が細い腕を回し、背中全体をゆっくり撫で回しながら服を脱がせていく。その合間に手馴れた様子で確実に快楽を与える指が、実は震えていた事にジョニーは気づいていた。
――だからと言って止めるつもりもなかったが。
「待…、そこは……っ」
唇が次第に下りていく。臍の近くを甘噛みしながらスカートのベルトを外そうとするのを、慌ててテスタメントは引き剥がそうとするが力が入らないらしく、白い下腹部が男の目の前に晒された。
「……これも罰ゲームの一環なのか?」
腿まで入ったスリットつきスカートの下には何も身に着けていなかった。薄い茂みを撫でながらジョニーが問う。
「…………取られて」
まさかサキュバスに取られたとも言えず、しばらく沈黙した後にテスタメントは消え入りそうな声で答えた。
「それはまた災難だったな」
その辺の事情も詳しく聞いてみたかったがあまり突っ込むと絞め殺されかねないので、ジョニーがそれ以上問う事はなかった。
その代わりに、
「だったら俺が買ってやるよ。丁度いい、前々からあの貞操帯はどうかと思っていたんだ」
「貞操帯じゃない……っ!」
「はいはい」
抗議を無視して震える膝を撫で回し内腿に唇を落とすと、息を呑む音が聞こえた。
「俺しか聞かないのに」
「……る、さ――あぁっ!?」
いきなり秘部を押し開かれ長い指が侵入する。既に潤っていたそこはすんなりと男の指を受け入れるが狭くきつく、それ以上の侵入を拒むように締めつける。
「くぅ……っ!」
「意外というか、やっぱりというか……」
慣れた仕草と裏腹に震えていた指や膝。狭くきつく、どこか幼さを感じさせる内部。
「悪い、か」
怪訝そうに指を止めたジョニーに悪態をつきながら、テスタメントはソファの背の縁を掴んだ。
わざわざ淫魔と契約したくらいなのだから、全く経験がないわけではない。だがそれは男としてのものであり、女としてのそれは皆無である。今まで幾度となくサキュバスに狙われてきてはいたが、ことごとく突っぱねて死守してきた。
だが来いと言ってしまった以上、引く訳にもいかない。
言いようのない不安にテスタメントは薄い唇を噛んだ。
「いや? むしろ光栄というか……ああ、落ち着けって」
既に泣き出しそうな『彼女』の目元を吸い、次いで額や頬に口づける。指を少し引き抜き浅い所で円を描くようにゆっくり動かすと、小さな水音がして細い肩が震えた。
「んんっ……、く…ぅ……っ」
無意識にソファの背の縁とテーブルの角を掴むテスタメントの腰を抱き寄せ、狭い内壁をなぞりながら指を奥へと進めていく。拒もうとしているのかそれとも誘い込んでいるのか、柔襞が絡みつくように吸いついてくる。
「――ふ、う……っ!」
必死に声を堪える様が愛しく思えてしまって、ジョニーは苦笑した。
――中身はあいつだっていうのに。
顔を背けた『彼女』の耳に舌を這わせ指で内側を軽く掻いてやると、ソファの背の縁が軋んだ。
「んん――」
ぴちゃぴちゃと耳元で響くいやらしい音が中を弄る音と相まって、『彼女』の羞恥を尚更掻き立てる。
「や……あ……」
与えられる快感に酔って、次第に箍が外れかけてきている。
ずぶずぶと奇妙な音を立ててソファに四つの穴が空き、テーブルの角がみしみしと鳴った。
「ん……いい声だ」
ジョニーが満足そうに呟き、髪を撫で軽く口づける。濡れそぼったそこに指を増やしてより奥まで抉ると、あられもない声で『彼女』が鳴いて妖しく腰をくねらせた。
再び全身に口づけながら未だに震える膝を撫でて、隙を突いて開かせた脚の間に顔を埋める。慌てて脚を閉じようとするものの既に遅く、逆に蜜を溢れさせた秘花に彼の顔を押しつける形となってしまう。
「積極的じゃないか……」
「ちが…っ! ――ふああ……っ!」
吐息がかかるだけで今の彼女には刺激になる。くすくす笑うだけで過敏になった体が震え、逃れようとしてもがくのを押さえつけ、太く長い指が露に濡れる両襞を広げた。
「ずいぶんとまあ、綺麗なピンク色だな……指と舌だけはあんなに慣れてるくせに」
「だま……れとい、って……っ、んんっ…く、ふああっ!?」
サキュバスからも死守してきたそこに、太く熱い舌が捻じ込まれる。しばらく中で蠢いていたそれが引き抜かれたかと思うと、充血してぷるぷる震える肉芽をつつき、代わりにまた指が奥まで侵入して蹂躙を始める。
「や、あぁっ…いやっ……あぁぁっ!」
ソファに埋もれていた指が引き抜かれ、ジョニーの肩を掴んだ。どうにかして引き剥がそうとするが、男の力は強くどうにもならない。
「も…やめ……」
「今更?」
顔を上げた男の目に映る、潤んだ赤い瞳。受け入れるものを待ってひくひくしている彼女自身にいきり立ったそれをあてがうと、泣き出しそうに歪んで全身をびくりと震わせる。
「あ……」
処女特有の恐れなのか、それとも男に抱かれる事への抵抗感なのか。最早本人にも分からないのであろう。
必死に張ってきた虚勢も全て崩れ去り、変わってしまう自分に怯えている。
「こういう時は縋りついてくるもんだろ? ……ほら」
「ちから、が……」
縮こまる体を抱き締め、何度も額や頬、唇に口づけて落ち着ける。肩を掴む指が滑り鋭い爪が皮膚を裂いて、赤い筋がいくつか流れ落ちる汗と共に体の上を伝った。
「――っつ……」
「すまない……その、こういう時は箍が外れやすくて」
思わず顔を顰めるジョニーの姿に、テスタメントは震える手首を掴んだまま体を離し距離を取る。
「外れてもいいんじゃないか? こういう時は」
何事もなかったかのように細い腰を抱き寄せようとするが、その笑みは痛みで少し引き攣っていた。かなり深くまで裂いてしまった事は間違いないだろう。
「だがその傷では……それに、もしかしたら」
――殺してしまうかもしれない。
上気していた頬から血の気が失せていく。
これが初めてではないのだ。
早めの言い訳
ジョニテス編その一。女好きのジョニーが体はともかく、中身は男のテスタに手を出すのかというのはまあさておき。一年中理想のリーダーやってるのは疲れるんじゃないかなと。